海外バスケ
一般人(後編)
NBA傘下育成リーグ「Dリーグ」
- 栗原選手:Dリーグのアイダホ・スタンピードのチームトライアウトです。
- EBAやNPBLの時もトライアウトを受けたのでしょうか?
- 栗原選手:NPBLやEBAの2年目以降は全てコーチが呼んでくれました。1回受かってそれなりの成績を残せば、次は向こうから呼んでくれます。USBLのトライアウトで2/150に残った時点で、トライアウトを受ける必要が無くなり、コーチから声がかかるのでその点はラクになります。
- 実際に受けたDリーグキャンプのレベルはどうでしたか?
- 栗原選手:あれはそれほどレベルが高いとは感じませんでした。でも、コーチ陣がしっかり見てくれるので、もし日本人でDリーグでプレイしたいと思っている選手がいれば、挑戦したら良いと思います。自分の可能性を確かめるためにレジュメ(履歴書)を送るのも良いでしょう。
- そのDリーグキャンプは数日間に渡って行われていましたが、宿泊や食事は提供されていたのでしょうか?
- 栗原選手:参加費の中にホテル代とジャージ代が含まれてました。食事代は別でしたね。USBLの時は全て実費でしたので、それもまた大変でした。
- Dリーグキャンプには日本の選手も数名参加していたようですが、その他にどんな選手もいましたか?
- 栗原選手:FIREBALLっていうネイト・ロビンソン(ボストン)なんかも出場したNYのスゴイ大会があったのですが、その時にMVPを獲ったネイト・ブラウンって選手がいました。今は合格してDリーグやアイスランドでプレイしているようです。
USBLのトライアウトの時に一緒で、今はブラジルのリーグでプレイしている選手とか、結構いろんなトライアウトやリーグで見かけた選手がいました。アメリカはメチャメチャ広いけど、バスケで上を目指そうとしている界隈は狭いですね。
- 栗原選手:自分で言うのもなんですが、良かったですね。歩いていると「次にキミが出る試合は何時からだ」と聞かれたり、僕はTEAM16だったのですが「TEAM16のガードが良い」って言われてるのを人づてに聞いたりしてました。
コーチたちが僕を話題にしていることは、プレイしていても感じました。得点は全然獲ってなかったのですけど印象は良かったようです。最後の試合の後には数名のコーチが集まって来て名刺をくれました。印象は良かったけど、結局はドラフト指名には至りませんでした。ただ、チャンスはあると思ってます。

今は恐いものなし!
- プレイグラウンドを求めてアメリカにアメリカに渡ったわけだが、そこで見えたものや手にしたものは何だったのでしょうか?
- 栗原選手:まずはバスケ経歴が増えました。日本にいた時には早稲田大Bチームのベンチプレイヤーだったのに、マイナーリーグだけどアメリカでプロ選手になれて、今回はペルーだけど海外リーグでプレイする夢を実現することができました。日本にいたら絶対に経験できなかったことができています。でも、一番はメンタル的に強くなったことです。生活はキツイし、偏見もあるし、恐い目にも何度も遭いました。その経験のおかげで、今は恐いと思うことは無いです。
- ペルーを足がかりに今後のビジョンを聞かせてください。
- 栗原選手:一番良いのはスペインかイタリアのプロリーグに行きたい。いろんな国にプロバスケリーグがあるので、どこにでも行ってみたいです。
アメリカはもういい。日本は?
- いろんな国の中にはアメリカも含まれてるのでしょうか?
- 栗原選手:アメリカはもういいです(笑)。ペルーに行くことで、アメリカ挑戦の区切りはつけたと自分では思ってます。子供に夢を持たせるんだったら、ある程度の収入が落ち着いているところじゃないと...。アメリカのバスケには魅力はあるけど、マイナーリーグにはもう魅力は無いです。Dリーグ以上ならば行きたいです。
- 日本でプレイすることも視野に入れてるのでしょうか?
- 栗原選手:もちろん!これだけ好き勝手なことをさせてもらってるので、親孝行のためにも日本でプレイしたいです。もし、日本で自分を必要としてくれるチームがあるならば行きたいです。
- 栗原選手:ファンがいるのか分からないけど...。もう28歳だし、選手としてはそんなに長くないのは自分でも分かってるので、子供が夢を持てるようにして引退できればと思ってます。教員免許を持っているのもあるけど、子供好きだし、日本でも子供たちがバスケに憧れを持てるようなスポーツになって欲しいですね。
- 戻って来たら、地元・武蔵野市で子供を集めたクリニックをやりたいですね。