ストリートボール
南半球から成り上がる道(前編)
ストリートボールリーグ、アメリカマイナープロリーグ、bjリーグと様々な舞台でのプレイ経験を持つSTこと武井修志選手。LEGENDの試合後インタビューにて、こちらがたどたどしい質問をしても、その情報を何倍にもして返してくれる頭の回転の速さ。その模様は、初の試みとなったUSTREAMを使った公開インタビュー配信でご覧になった方には伝わったのではないだろうか。
新天地となるペループロバスケットボールリーグのサン・マルコスと契約を果たしたSTに、ペルーへの挑戦はもちろん、アメリカや日本、そしてパリで戦ったバスケ体験を語ってもらった。なんとも経験豊富である。ある程度の的を絞ってはいたが、やはり聞いているうちにあっちはどうなの?こっちはどうなの?となってしまった...。まとまり切れていない部分、もっと深く聞きたい部分などはあるが、早稲田大学卒業後に行ってきたバスケ武者修行のダイジェスト版としてお楽しみいただければ幸いである。
南半球からレベルアップ
- まずはペルーのプロバスケチームとの契約が決まった経緯を教えてください。
- ST:ストリートで知り合いの大塚(史日瑚)選手が、昨秋からペルーリーグでプレイしています。彼が南米でプレイしたいプロ選手をエージェントするというアナウンスを行っていたのを見て、連絡を取りました。一緒にプレイしたこともあり、僕のプレイスタイルも知っていたので、プレゼンしやすかった部分もあったのですが、あれよあれよと話は進み、昨年末ギリギリに契約がまとまりました。
- ST:僕もいろいろと調べましたが、南半球に位置するので日本とは真逆で今が暑い盛りです。北半球であれば寒い季節である秋頃からリーグが始まりますが、逆にペルーは寒くなる4月から開幕し12月のプレイオフまでリーグが行われます。レベルは正直言って高くはありません。だからこそ良いスタッツが残せるのではないかと期待しています。リーグ自体は現地の選手がほとんどですが、アメリカや海外選手を雇っているチームがあったり、ヨーロッパ系の移民で固めてるチームもあるようです。日本人が持ってるクイックネスは日本人が意識している以上に外国人が嫌がるのは知っているので、さらに得点に絡めれば、自然と良い数字は残せると思ってます。
- ペルー経由でさらにレベルの高い諸外国リーグへステップアップしている実績はあるのでしょうか?
- ST:メキシコやブラジルが近いので、そのリーグに行く選手もいます。ペルーに比べれば、サラリーは段違いで良いようですし、チームによっては月に100万円稼げる選手もいるようです。ブラジルはNBA選手もいるし、メキシコはアメリカの選手も流れてくるのでレベルが高く、それに比例してサラリーも高くなってます。アテネ・オリンピック優勝国アルゼンチンもありますね。
いわゆる高地ではない
- 南半球からレベルアップするステップは新しいですね(笑)。STがイメージするペルーという国の印象は?
- ST:ナスカの地上絵とマチュピチュと、山岳地帯をヤマ(動物)に乗って登るというようなイメージしかなかった。笑
聞いた話では、ペルーリーグに所属する全16チーム(ディビジョン1:10チーム、ディビジョン2:6チーム)が首都リマに集中しているようです。先日あったマチュピチュの水害だったり、山岳地帯に行けば行くほど犯罪率も高いそうですが、リマにいれば思っているほど環境は悪くないと思いますよ。
物価はものすごい安いようで、日本と比べて1/3〜1/4。リマに関しては雨はめったに降らないようですが、湿気は高い。海沿いなのでご飯が結構美味しいらしいです。標高も高くないらしく、いわゆる高地ではないようです。だから、そんなに違和感は感じてないです。
サラリーに関しては、今回は安売りというか、こだわりはないです。とりあえずプロチームに入って数字を残すことに注力しています。良い数字を残すことで、もっといい環境やサラリーを稼ぐためにね。
地球の裏側で再びチームメイトとなるクリ
- アメリカでチャンスを狙っている栗原佑太選手(以下クリ)とペルーではチームメイトになるようですね。どういう経緯で一緒のチームになったのですか?
- ST:クリは大塚選手とは面識は無いんだけど、僕と同じような形でエージェントのアナウンスを見て連絡したみたいです。クリ自身も今はNYにいるけど、アメリカだけではなく海外でやりたい気持ちもあったからね。同じチームになったのは偶然だと思うけど、同じ早稲田出身でもあり、その後も一緒にクラブチームでプレイしていました。それ以来だから何年振りだ...。約4年半振りに、地球の真裏でまたチームメイトになるんだ。笑

ニュートンやナイトと一緒にプレイ
- それはスゴイ。STはアメリカでもプレイしてましたが、2007年のIBL(サンタバーバラ・ブレイカーズ)では、どの程度通用し、どのような環境だったのでしょうか?
- ST:あの時はLAが近いということもあり、サマキ・ウォーカー(NBAサンアントニオ〜LAレイカーズなど)やトビー・ベイリー(UCLA〜NBAフェニックスからイタリアなどを転々としており、現在ドイツリーグでプレイ)といったNBA経験選手など錚々たるメンツを集めているチームでした。コーチと面識があったということもありましたが、トライアウトを受けて契約できました。IBLはABAと違って、スプリングリーグとして3月〜6月にかけて行われるので、海外でやってる選手がゲーム感を落とさないためにプレイしたりしています。日本では、JBL東芝の(タイラー)ニュートンやbj浜松の(ウィリアム)ナイトもサンタバーバラではチームメイトとして一緒にプレイしてました。それでも分かるようにレベルは高いです。
- 2005年にはサマープロリーグ(SPL)でもプレイしましたが、アメリカでの経験を今思い返すとどのように自分の糧になっていますか?
- ST:やっぱりバスケをやる上で最高峰のリーグはNBAだし、そこに行きたいと言う気持ちは今でも持っている。そこに辿り着くまでに、何が足りないのかってことをSPLでも、IBLでも痛感させられた。大学卒業してすぐに、恐いモノ知らずで行ったSPLではできた部分と通用しない点が見えた。いろいろ経験してから再びアメリカへ渡ったIBLでは、NBAでガッツリやってた選手から刺激を受ける部分も多かったし、期間は短かったけど、自分にとって必要な要素を知ることができた時期でした。
小さなアジア人は最高のカモ!?
- マイナーリーグはもちろん、NBAもそうですが、プロというのは毎日がトライアウトのような、いつ切られてもおかしくないシビアな環境ですよね。日本ではなかなかそこまでの厳しさは体験できない感じがしますが、そのような経験はいかがでしたか?
- ST:チームに呼ばれたその日に切られることも普通にありますからね。IBLでも、トライアウトを兼ねた練習に行ったら、主力メンバーも一緒に参加して来て、「うわっ、マジかよ」って...。自分の中ではもちろん準備はしてたけど、ちっこいアジア人がいれば、当然カモにされるわけですよ。それでガツンと示さないといけないんだけど、気後れする部分もある。初日の練習は最悪でした。このままでは絶対にクビになると思って、次の練習からは、とりあえずバッコシやってやろうと気持ちを切り替えました。ポストアップや1on1の部分でファウルを吹かれても良いから力尽くで止めて、シュートもガンガン打って、余計なことを考えずにプレイしたら一気に良い方向に行きました。あの頃から外のシュートが自分の中で変わった感じがした。コーチやチームメイトも評価してくれたし、すごい自信にはなりましたね。
次回(2/18予定)、後編に続く。
次回はbjリーグを経験して見えた日本の現状、日本代表「RISING SUNS」で戦ったパリでの思い出、そしてST自身のことに触れてもらった。お楽しみに!
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